2014年03月04日

【保守活動講座7】相互確証幻想と戦う方法(1)

昨日の続きになります。
簡単に復習しておきます。
今後、保守勢力は、「国内の反日勢力(スパイ含む)」「国外の反日勢力(主に中韓)」とは別の『“相互確証幻想”と“それに取り憑かれた人々”』という第三の敵と戦わなければなりません。


活動家が『相互確証幻想』に取り憑かれますと、活動家は頭がおかしくなり、その結果、社会運動体は『損益無視の馬鹿げた行為・道義的優位の盲信・道徳的反発の無視・非人道的な示威行動』などの行動を行うようになり、結果として『社会変革運動は崩壊する』という事実があるため、保守活動家は『“相互確証幻想”と“それに取り憑かれた人々”』と戦う必要があります。


*        *        *


『相互確証幻想』を打ち負かすにはどうしたらいいのでしょうか?
これは大変むずかしいといわれているのですが、研究によりいくつかの方法が提示されています。
Len Fisher(元南オーストラリア大学准教授、英ブリストル大学研究員)教授は、「完全な方法ではない」と前置きした上で、以下のような方法を提示しています。


(1)集団からしばらく出てみること

(2)自立的に考えてみること

(3)しっかりと結論を出してから、それを共有すべく集団に戻ること

(4)『相互確証幻想』に陥らないように堅固な意思を持つこと


まぁ、当たり前のことですね(^^;
ただ、この『相互確証幻想』というのは、自覚していなければ(していたとしても)打ち破るのが困難ですので、そういうものが存在するということを自覚する、教えてあげる(可能ならば堅固な意思を持ってもらう)というのは、最初の一歩にはなるのでしょう。
Len Fisher教授も「“打ち勝とう”という堅固な意思」について言及しています。


自身が『相互確証幻想』に陥らないように努力するのはもちろんですが、インターネットで(オフラインでも)活動している最中、以下のような症状・発言・行動をしている人に遭遇したならば『相互確証幻想に陥っていませんか?』と教えてあげるとよいと思います。


『異論への脅迫行為・制裁行為、そのような行為をほのめかす発言』

『不都合な情報のオミット、間違っている情報を盲信している』

『自己正当化・自己欺瞞・自分を騙し説得する発言と思考』

『我々は優れているという優越意識、極度の楽観主義、無敵幻想』

『表面上は同意するような発言と思考、批判を押しころす発言と思考』

『大義の強調と大義の押し付け、倫理観の麻痺、異常なほど罵倒する』

『韓国がかかわると異常な興奮状態に陥る、異常な執着心を燃やす』

『敵に対する不正確な認識、極端な誇張表現、敵を見下すような発言』

「損益無視の馬鹿げた行為、常識的にできるはずがない主張」

「道義的優位を盲信する行動、非人道的な行動、道徳的反発を無視する行動」


反発が予想されますので「そういうものがある」という事実と、症状・特徴を伝えるだけでよいでしょう、無用な“いざこざ”を起こすのが目的ではありません。
「相互確証幻想という精神異常状態が存在し、それは保守(日本)を敗北させる」と・・。


――私は程度の話をしているのであり、切れ味鋭いユーモラスな言い回しが優れた文章の構成要素となることは理解しております、そのようなものまで否定するわけではありません。――


*        *        *


また、前述のとおり、この現象は「リスク(損失)を過小評価」させリターンを最大化する傾向があります、一見、合理的に思える論法と“かっこいい名言”を使って。
そのような症状・発言に遭遇したら、『相互確証幻想』の存在と症状を伝えたうえで、


「●●(法規制など)のような多大な損失を被る可能性がありますが想定されていますか?」
「どうしてもその方法でなければダメな理由があるのでしょうか?・・・被る損失は少ない方がよいと思いますが」
というような形で損失について言及するというのも良いでしょう、これも伝えるだけでいいでしょう。


――論議・説得するという方法も考えられるのですが、これはかなり難しいので推奨できません。『相互確証幻想』は「執着心により頭がおかしくなる現象」ですので。ただ、ゆくゆくはこれについても書きたい気持ちはあります――


前述のとおり、近代民主主義国家において多大なリスクをとらなければならない社会変革運動などというものは存在しないというのが社会運動学における一般的な考え方です。
(「リスクを取らなければ成果は得られない」と思われる方は、すでに『相互確証幻想』の影響が出ている可能性があります)


そして、これらの概念を知り、伝えることは、自己満足的な正義感や道徳観からくるものではなく、そうすることが「保守の利益」になり、敵(反日勢力・スパイ)の殲滅につながる、という理論的なところを理解し、また“理解してもらう”ことが大切です。


明日に続きます。


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posted by K_美樹 at 19:50| Comment(4) | TrackBack(0) | 第三の敵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月03日

【保守活動講座6】相互確証幻想の問題点

昨日の続きになります、少し復習しておきます。
『相互確証幻想』は、


『異論への攻撃・制裁』
『情報のオミット・虚偽の盲信・自己正当化』
『優越意識・極度の楽観・無敵幻想』
『批判の自粛・表面上の支持拡大』
『大義の強調・倫理観の麻痺』
『敵に対する不正確な認識と見下すような思考』


を引き起こし、人間を精神異常状態に追い込みます。
その結果、『相互確証幻想』に取り憑かれた政策集団は、


「損益無視の馬鹿げた闘争行為」
「道義的優位を盲信する示威行動」
「非人道的な示威行動」
「道徳的反発を無視する示威行動」


などの行動を行うようになるという抗えない習性があります。
今後、保守勢力は、「国内の反日勢力(スパイ含む)」「国外の反日勢力(主に中韓)」とは別に『“相互確証幻想”と“それに取り憑かれた人々”』という第三の強大な敵と戦わなければなりません。


なぜこれが戦わなければならない強大な敵なのか・・・感覚的にもわかるかもしれませんが、もう少し踏み込んでかきますと、



@「社会変革運動の崩壊要因」

A「運動全体における利益と損失の逆転現象」

B「社会変革運動の長期的存続」



以上の3つに深く関与しているからです。
これらについてそれぞれに深い解説を加えることも可能ですが、文章量の問題から簡単に書くにとどめます(いずれ詳しい内容を書きます)。


まず「@:社会変革運動の崩壊要因」についてですが、社会運動学において社会運動解体の要因というのは、ある程度、公式化されているのです。
社会変革運動の崩壊は、「政府の規制」「共鳴者の離散」「反対者の抑圧」「運動体の内部対立」「担い手再生産の失敗」「メディアのフレームアップ」「ブームの終焉」などの変数により決定されますが、これらの要因に過激化・非倫理化が深く関与しています。
『相互確証幻想』は、過激化・非倫理化を促進します。


いずれ詳しい文章を書きたいと思いますが、過激化・非倫理化がすすんだ社会変革運動は崩壊・消滅します。
非倫理的な運動は支持拡大が起こらない、一般人は支持したくてもできない、当局は統制せざるをえない、というのは感覚的にもわかるのではないかと思います(関連記事を書きました)。


*        *        *


次に「A:運動全体における利益と損失の逆転現象」についてですが、社会変革運動というものは、大変な大事業であり、正直なところ成功するか失敗するかは分からないのです。
そこで重要な視点として、目標の達成よりも「その運動が何を残せるのか?」という考え方が重要になってきます。


仮に、“目標そのもの”の達成が失敗に終わったとしても、最終的に損失よりも利益が上であるならば、それは、少なくとも負けてはいない状態・・・場合によっては、まずまずの勝利と言ってもいいはずです。
次のチャンスを待てばよいのです、順々に階段を登っていけばいいわけです。


しかし、時として利益よりも損失の方が大きくなる場合があるのです。
もっとも一般的なものが『法規制の強化』です。


逆に運動が統制を強めるという結果をもたらす場合もある。

特に過激で非合法な戦術を運動組織がとった場合に、こうした統制の強化は生じやすい。

そして、その統制強化は単に過激な戦術をとる運動に適用されるだけではなく、穏健な戦術をとる運動にまで拡大して適用され、社会運動全体を停滞させる。(関西大学社会学部教授,片桐 新自)


前述の通り『相互確証幻想』は、過激化・非倫理化を促進します。
一度すすんだ法規制のラチェットは戻りません(参考)。
政治家は人気のある厳しい措置には喜んで票を入れますが、その逆に「犯罪に弱腰だ」と批判されるような自分にとって不利益な行動を行うことはありません。
行き着く先は社会変革運動の崩壊と運動全体の停滞です。


またネガティビティバイアス(悪い印象の方が強く永く残る)による偏見強化という問題もあります。
人間の脳はポジティブ感情とネガティブ感情を等価として認識していません。


たとえば、数多くの良い行いをし、多くの人を助けたであろう政治家であっても、一度だけ汚職をしただけで生涯において悪い政治家と認識されます。
100回正直な行いをした人が1回でも明らかに嘘をつくと、以後その人の正直さは疑われるものとなります(“正直な人”と再認知されるには、嘘1回に対し何回の正直な行いをしなければならないのでしょうか・・)。
人間の脳には、悪い印象の方が強く永く影響を及ぼすという習性があるのです(参考)。


過去にネガティブな行為を行った団体、宗派、企業に対し、どれほどの偏見がまとわりつくのかを考えてみればとわかると思われます。
これを、あとあと挽回するのは、かなり難しいのです・・・挽回は不可能であると言ってもいいほどです。
過去の歴史において、真に偏見を打ち破ったことなどあるのでしょうか。。


『最初は非道徳的でしたが、後で真面目になりました』
というようなことは通用しません。
こう考えてみますと「国民の目を覚ますために“一時的に”非倫理的な戦術を使うのはやむを得ない、あくまで“一時的な”戦略だ」という思考は最悪であるということになります。
そして、この思考は典型的な『相互確証幻想』の症状になります。


*        *        *


最後に「B:社会変革運動の長期的存続」ですが、現在、保守派が目指している社会変革運動は、明確なゴールが設定しにくい面があります。
いったい何をもって成功と言うのでしょうか?
まさか中国・韓国を物理的に消滅させるというわけにもいきません・・。
おそらく中国・韓国が地球上に存在するかぎり、摩擦は続くでしょう。
中国・韓国が地球上に存在するかぎり、スパイを送り込んでることになります。
この戦いは、10年、30年、あるいは永遠に続く可能性もあります。


その間、あらゆる情報工作が行われ保守勢力のみならず日本民族そのものを切り崩し疲弊させようと画策されるでしょう。
――『もう疲れた、いがみ合うことで何が生まれるというんだ!!』という正論が高まってきたら要注意です。博愛主義者の心をくすぐることで分断・疲弊させるというのは工作の常套手段です。――


保守勢力は長期的に戦える状態を作り出し、運動の担い手の再生産を行わなければなりません。
長期的に戦い続けられる体制を整えなければなりません。


そのための努力に対して、「非人道的な強制的手段」「道徳的反発の無視」「情報のオミット・無敵幻想」このようなものはマイナスにしか働きません。
前述しましたが、激化・非倫理化がすすんだ社会変革運動は消滅します。
また、この問題には前述したネガティビティバイアスによる偏見強化も関わってきます。
ネガティブな偏見が強化された集団・運動は長期的には衰退してしまいます。


運動の担い手の再生産ができなければ、行き着く先は敗北です。
社会運動体は企業のようなものであると言われています。
永続性のある優良企業を目指さなければなりません。


*        *        *


長々と書いてしまいましたが、これは普段から私がよく考えているもののうち、代表的なものを例示しただけで、実は、もっともっとあります。
インフルエンサー対策、内部エリート対策、自爆行為問題、メディア問題・・・etc(一度に書ける文章量には限界があります、いずれもっと詳しいものを書こうと思っています)。


ただ、以下のようなものが、あらゆる活動に対してプラスにはたらくことなどありえないということは感覚的にもわかっていただけると思います。


『異論への攻撃・制裁』
『情報のオミット・虚偽の盲信・自己正当化』
『優越意識・極度の楽観・無敵幻想』
『批判の自粛・表面上の支持拡大』
『大義の強調・倫理観の麻痺』
『敵に対する不正確な認識と見下すような思考』
「損益無視の馬鹿げた闘争行為」
「道義的優位を盲信する示威行動」
「非人道的な示威行動」
「道徳的反発を無視する示威行動」


『相互確証幻想』など無いほうがよいに決まっています。
明日以降、『相互確証幻想』と戦う方法について考察していきたいと思います。


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この後、【講座7】、【講座8】と「相互確証幻想と戦う方法」についての記事がつづくのですが、正直かなり長い話で、興味が無い方には苦痛と思われますので、とりあえず一通り通読したいという方は【講座9】へ進むことをおすすめいたします。






posted by K_美樹 at 20:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 第三の敵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月02日

【保守活動講座5】相互確証幻想の特性

昨日の続きになります。
『相互確証幻想』が社会運動体に与える影響について注意しなければならないことがありますので補足しておきます。
A.Oberschall(ノースカロライナ大学教授)博士の論文には以下のようにあります。


合理的な意思決定者は普通は行為の方向を選択する際にその利益と損失を考慮し、純利益(すなわち利益が損失を上まわる分)が最大限と予想される方向を選択するものである。

しかしジャニスの命題が示すように、人はグループシンクのために強制的行為による損失を過小評価したり成功の見込みについて過度に楽観的になったりする

つまり強制的行為から期待される利益が過度に評価されるのである


要約してみますとA.Oberschall博士は、


『合理的な人間は、損失よりも利益が大きいと予想される行動を選択するものであるが、相互確証幻想(グループシンク)に陥った人間は、「行為による損失」を過小評価し、「行為による利益」を過大評価する。』


と述べています。
ようするに『相互確証幻想』の影響下では「損益対比計算の麻痺」が起こると述べています。


ちなみに、A.Oberschall博士は、この事実に注目し社会紛争研究において「合理的選択の枠組みを維持した上で社会心理学を取り入れること」を提起しています。


(以下でA.Oberschall博士の言う紛争には「示威行動・抗議集会・行進」という意味があります)
ジャニスの著作が示唆しているのは、紛争状況での合理的選択による意思決定モデルを全く放棄してしまうのではなく、それを心理学や社会心理学の変数によって改良する方法である。

つまり合理的選択モデルの枠組みは維持しつつも、さまざまな状況下で変わるのは行為者による損失や利益、または成否の可能性についての計算であるとする。

したがって「誤った」意思決定をした者もそこから期待される純利益を最大にしようとする
損失と利益の計算に用いられる情報や認識がまさにグループシンクの状況の下で誤ったものとなり「非現実的な」決定を生むのである。


合理的選択の枠組みは維持しつつも、相互確証幻想により変わるのは行為者による損失や利益の計算である


さて、ここまで書いて私が言いたいことは、「相互確証幻想に取り憑かれた異常政策集団」が主張していることは、筋がとおっている(ように見えることが多い)ということです。
要するに、『一見、合理的なように見える』のです。


合理的な枠組みを維持しているため、「相互確証幻想の影響下にある人」はもちろん、まだ軽度な「影響を受けつつある人」でもあっても、その「合理的に見える錯覚」を自己欺瞞(自らをだます行為、相互確証幻想の症状の一つ)によって、なかなか見抜けない・・。
たとえば、


『過激な示威行動を行い裁判にでもなれば、メディアは取り上げざるを得なくなり、メディアに載れば人々は関心を持つだろう、ことが大きくなればなるほど私たちの思惑通りだ。』


この考え方は、筋が通っています(ように見えます)。
しかし、これには損失(リスク)の観点が抜けています。
損益対比計算の麻痺が起きています。


過激化し非倫理的な行動を起こせば、法規制がすすみ、当局の統制が強まり、倫理を盾にした勝つことが困難な強大な敵が出現し、一般人の共鳴者は離散し、傍観者は敵に回り、ネガティビティバイアス(悪い印象の方が強く永く残る効果のこと、後述します)による偏見強化により変革運動自体が不可能になります(詳しい内容を後述します)。
そしてこれらは、すでに他国で通ってきた道です。
私がネガティブシンキングに陥ってるわけではなく過去に前例があるのです。


参考:[ヘイトスピーチやめろって風潮だけど]
(アメリカにおけるヘイトクライムの法規制問題)
http://3gensoku.seesaa.net/article/384423070.html


つまり、利益(メディアに取り上げられる)と損失(活動自体が不可能になる)の比率が見合っていないのです。

――実は上記の考え方は「リターンの方も低く、かつ不明確」です。過去にSDS(アメリカ民主社会運動同盟)が同様の手法を用いて運動を展開しました。メディアは彼らの変革運動を取り上げることになりましたが、その後、メディアのフレームアップにより運動組織は解体に追い込まれました。メディアには取り上げられましたが支持拡大は起きず、社会変革運動は崩壊へと向かったのです。――


『相互確証幻想』に取り憑かれた人のいうことは、一見、合理的に見えるのです。
しかし、損失(リスク)を過小評価し、利益(リターン)を最大評価します。


そして、その説明を聞いた同調者は、どこか変だな・・・と思いつつも、自分を無意識のうちに説得、納得しようとします(自己欺瞞)。
以下のような論法を使って。。


「誰かが“汚れ役”を引き受けなければ前進しない…」
「誰かが泥をかぶり先陣をきることで局面を打開するしかないのだ…」
「まずは報道に載らなければ気付いてもらえない、これは戦略的行動だ…」


――“汚れ役”を引き受け、泥をかぶることで、法規制がなされ後退・敗北するという損失は、なぜか無視されます。報道に載ったがゆえ崩壊・敗北した過去の変革運動は、なぜか無視されます。――


すでに『相互確証幻想』の影響下にいる関係者・同調者には「損益対比計算の麻痺」が自覚できません。
さらに無敵幻想と優越意識に取り憑かれた前衛集団は、反対者からの抑圧や当局の統制に対して「規制なんができる訳ないだろ!、やれるもんならやってみろ!!」などと挑発行為を行うとともに、さらに先鋭化を進め、さらに事態を悪化させます。
それに「自ら異論を差し控える表面上の支持拡大」がプラスされ、結果として『相互確証幻想』はさらに強化されていきます。


*        *        *


下記のような論法でリスクを無視させようとするのは『相互確証幻想』の典型的症状です。


「綺麗ごとだけでは日本は変えられない!」
「まずは行動するべきだ、行動している人を批判する資格なんて無い!」
「理想の実現のためには誰かが“捨て石”になるしかない!」


このような甘言に精神的安堵感を抱いてしまうという人間心理の錯覚を突いて、リスクを無視させ、日本を敗北へと誘う名言を目にしたら注意しなければなりません。


高リスクな行動を選択することで、もっとも嬉しいのは敵(反日左翼・反日スパイ)なのですから。
――つまり敵にとっては上記のような台詞を言わせることができれば大勝利です――


ちなみに『リスクを取らなければ成果は得られない』というような発言をよく目にしますが、近代民主主義国家における社会変革運動は、戦争や武力抗争とは異なった概念であり「ハイリスク・ハイリターンな運動」という考え方自体が、ほとんど(あるいはまったく)存在しないと考えられます、リスクは少なければ少ないほどよいと考えられます。
(そのような運動が存在すると思われる方は、すでに『相互確証幻想』の影響が出ている可能性があります)


社会運動研究の第一人者Sidney G. Tarrow博士(コーネル大学社会学部教授)は、著書において、近代民主主義国家における社会変革運動において非倫理的な戦術を用いて勝利することは不可能であり、非倫理的な戦術が採用・発展した例も無い、と述べています。


参考:[戦略的に戦う]
http://3gensoku.seesaa.net/article/386807103.html


明日は、『相互確証幻想』と、それが引き起こす行動の問題点について、さらに深い話をしたいと思います。

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posted by K_美樹 at 21:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 第三の敵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月01日

【保守活動講座4】相互確証幻想が生み出すもの

昨日の続きになります。


『相互確証幻想』は、社会変革運動を行う運動体に対して、大きな問題を引き起こすとされています。


なぜこれが保守運動体にとって危険なのでしょうか?
これに取り憑かれると「精神に異常をきたすために問題がある」・・・わけではないのです(それも問題ですが)。


社会学者A.Oberschall(ノースカロライナ大学教授)博士は「社会的紛争の理論」という論文の中で、『相互確証幻想(グループシンク)』が示威行動、抗議集会、行進などに、どのような影響をもたらすか述べています。
引用してみましょう。


(以下でA.Oberschall博士の言う紛争には「示威行動・抗議集会・行進」という意味があります)
コーザー(ニューヨーク州立大学教授Lewis Coserのこと)の命題から引き出される一つの重要な帰結が、ジャニス(社会心理学者,カリフォルニア大学名誉教授)のグループシンクについての最近の著作のなかで述べられている。

それは集団内の付和雷同傾向に言及して、その傾向が精神の効力、事実の検証、道徳的判断力を低下させると指摘している。
ジャニスの発想は次のような命題によって要約することができる。
「政策を形成する集団のメンバーの間で、親密度や団体精神が高まるほど独立の批判精神がグループシンクにとって変わられる危険が大きくなり、その結果、外集団に対して非合理的で非人道的な行為をとりやすくなる」
またグループシンクは、過度の楽観主義と、警戒心の欠如、そして他集団の不道徳を誇張して一般化する傾向を助長する。

もし紛争が凝集性と付和雷同傾向を生み、紛争集団の指導者間にグループシンクを帰結させるのならば、リーダーシップは紛争の継続コストを最小評価し、成功の可能性を過大評価することになるだろう(過度の楽観主義と無謀)。

その上リーダーシップは強制的な手段に訴えやすくなるだろう(自集団の道義的優位の盲信、外集団への非人道的な行為、その行為が及ぼす道徳的影響の無視)


A.Oberschall博士は、示威行動・抗議集会・行進と『相互確証幻想(グループシンク)』がかかわると、政策集団は、


「過度の楽観主義による無謀な闘争行為」


行うようになり、その上、


「自分たちの主張の道義的優位の盲信する強制的手段」

「外集団(反対する集団)への非人道的な強制的手段」

「非人道的な強制的手段が及ぼす道徳的反発の無視」


などが発生しやすくなると述べています。
前回の復習になりますが、『相互確証幻想』の特徴は、以下のようなものでした。


『異論への攻撃・制裁』
『情報のオミット・虚偽の盲信・自己正当化』
『優越意識・極度の楽観・無敵幻想』
『批判の自粛・表面上の支持拡大』
『大義の強調・倫理観の麻痺』
『敵に対する不正確な認識と見下すような思考』


ぶっちゃけてしまいますとLewisCoserの命題やらIrvingJanisの命題などというものを、わざわざ持ち出してこなくても上記のような異常精神状態に陥った人々が、下記のような


「過度の楽観による馬鹿げた闘争行為」
「道義的優位を盲信する強制的手段」
「非人道的な強制的手段」
「道徳的反発を無視する強制的手段」


といった行為を行うようになるというのは感覚的にもわかるのではないかと思います。
そしてこれは、意識しなければ避けることができない人間の習性なのです。


さらに、これは意識していたとしても、錯覚と自己欺瞞により、あらゆる論法・手段をもちいて実行に移そうと画策されます。


『相互確証幻想』は社会変革運動を「妄信的な馬鹿げた闘争行為」に変えようとするのです。


明日以降、この事実について、もう少し突っ込んだ内容を書こうと思います。

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posted by K_美樹 at 22:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 第三の敵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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