2014年05月13日

生き残りの狭間で

少し前に、当サイトと同じような主張・活動をされている方と知り合い、少しばかり会話をしました。


その会話の途中、「似たようなことをしているサイトを見たことがない」という話題になりました。


この件について、ある程度の理由はわかります。


少し話が飛んでしまいますが、かなり前になりますが、日本のネット保守業界で、かなり有名な人気サイトの管理人の方にサイト運営上のアドバイスを求めたことがあります。。
その方は丁寧なアドバイスをくださりました。
そして、当サイトの主張・企画を読み、以下のような回答をされました。


「実は過激なことや楽観的なことを書くとアクセス数が伸びるんです。でも私はやりません。長期的に見てそのような活動が大衆の支持が得られるとは思えない。」


考え方は色々とあると思います、、、ただ以下の部分については、ブログを実際に始めますと身をもって実感できます。


『過激なことや楽観的なことを書くとアクセス数が伸びる』


これは、当サイトのようなものがほとんど存在しない理由の一つであり、そしてまた、ネット保守にとって危険なことでもあります。


ブログを書く人は、多くの場合、人に読んで欲しいから書くわけですが、そうしますと一般的には「過激なこと」「楽観的なこと(都合の良いこと)」を書きやすくなります。
その方がアクセス数が増え、多くの人に読んでもらえますので・・。
(もう一つ、ブログの事業化・・・の問題もありますが、これはまた別の機会に(^^;)


そして、これもブログを書くとわかりますが、逆のことを書くとアクセス数は急落し、時には“脅し”がきます、「削除しろ!!」と、、、やれば実感できます。
――これはmind-guardsと呼ばれるもので相互確証幻想の症状の一つです。相互確証幻想について知りたい方は当サイトのトップページにある「保守活動講座」を読まれますと、これが何なのかわかります――


以下は「ウェブブログの心理学」という本の引用文になります。


ブロガーがウェブログを「書き続ける」という行為を支えているのは、欲求→効用→満足という心理的過程であるという基本的なフローは同じであることがわかる。

また、日記型ウェブログばかりではなく、データベース型ウェブログの場合でも、自己開示―相互交流サイクルが継続意向に有意な影響をおよぼしていることも注目すべき結果である。

個人よりも情報に重きを置きやすいスタイルのブロガーであっても、その継続を促している原動力として、自己理解や他者との人間的な交流が果たす役割が大きいということを明確に示す結果であるといえる。

また、コメントやトラックバックなど、ウェブログを公開することによって得られる読者からのフィードバックは、ポジティブなもの(共感、励まし、賛辞や感謝など)とネガティブなもの(抗議、いやがらせ、不適切な引用や悪用など)の両方が、いずれの群においても、ブロガーがウェブログ作成に際して感じる効用や満足度に大きな影響をおよぼしていることも確かめられた。

読者からポジティブなフィードバックを獲得することは、さらにウェブログを書き続けようとする意欲を高め、ネガティブなフィードバックを頻繁に受けることは、多くの場合、その意欲を減衰させる方向にはたらいてしまう


この記述の意味するところは、保守活動をするブログが「過激化を諌めること」「韓国側の優勢を伝えるようなこと」を書きますと、アクセス数は減少し満足する効用が得られなくなり、また、ネガティブなフィードバックを受けることにより、ブログを書き続けられない・・・ネット業界では生き残れない、ということを意味します。


長期的には、「過激なこと」「楽観的なこと(都合の良いこと)」を書くブログばかりが生き残ることになります。


話すと長くなるのですが「過激化」「楽観傾向」は、保守活動にマイナスにしか働きません、、、というよりも、これが保守を敗北にいたらしめる主要因です。
ということは、これを助長できれば保守を敗北させることができます。
そしてこれは過去の社会変革活動において、抑圧者の手によって実際に行われていました。。
――このあたりのことについて知りたい方は、当サイトのトップにある保守活動講座を読まれますと、もう少し詳しいことが書かれています――


長くなってしまいますのでここらへんで終わりますが、一つ言いたいことは、ネット保守の文章・論調は、それが本心であったり真実であるわけでは無い可能性があるということです。


人間の本能的な誘導により、そのように書かせられている可能性があるということです。
インターネットは、その部分を理解した上で活用しなければなりません。
そしてこれは、オフライン・・・リアルな世界の活動にも言えることです。
(そもそもネット保守の活動とオフラインの活動は深く結びついていますが・・)


保守が戦うべき敵は、国外の反日勢力(中国・韓国)、国内の反日勢力(反日スパイ・反日サヨク)、だけではありません。
これ以外に「第三の敵」が居ます。


そしてそれはとても強い・・・。
それに打ち勝てるか、、、真価が問われます。。


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posted by K_美樹 at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 運動の理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月08日

真に恐ろしいのは自爆行為

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先日、コメントくださった方、どうもありがとうございます。
現在、体調が思わしくなく、すべての方にレスを返すことができない状態です。
コメントも開放もしておりません(よほど体調が良い場合は返信していますが)。
この場にて、お礼申し上げます m(_ _)m
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ちなみに定期的に私の病状を気遣って下さっている方がコメントにおられますね。。
同じ方なのだろうな・・・と思っております。
ありがたいことです(−人−)
ただ、悲しいかな、、、確実に悪化しており、思うような活動ができない状態になりつつあります。
今後の方策について考えなければならない時期がくるかもしれませんね。
(“今すぐ”という訳ではありませんが・・)


*        *        *


人気サイト“どやさ速報”さんが、
『「ヘイトスピーチで新大久保の売上が下がった」は全くのウソ』
という記事を発信されています。


興味深い内容ですので紹介いたします。
冒頭部分のみ一部引用してみます、大まかな内容がわかるはずです。
(URL先で詳細な内容が読めます)


1000: どやさ速報の管理人さん 20XX/XX/XX(X) 00:00:00.00 ID:doyasoku
先に結論から言うと、一部のヘイトスピーチとされる反韓デモによって
親韓層が新大久保から離れてしまったという主張はウソ!
または誇張した言い方であり適切ではない!

簡単に説明すると、

@嫌韓層がくすぶる中で李明博(イ ミョンバク)元大統領による異常な対日攻撃が始まった
Aそれに呼応するように、韓国の反日層がより強固な反日運動を進めた
Bそれを見た嫌韓層は対韓国感情をより悪化させ
Cさらに韓国に対して好意を寄せる層までが嫌韓となった
D一度ついた火は収まらず、収集がつかなくなった

では、これを裏付ける主張をダラダラ書いていく

[「ヘイトスピーチで新大久保の売上が下がった」は完全にウソ]
http://blog.livedoor.jp/doyasoku2ch/archives/37853623.html


前編、後編とありますが、両方合わせてもさほど長い記事ではありませんので、読んでみることをお勧めします。


*        *        *


“どやさ速報”さんは、
「反韓デモによって親韓層が新大久保から離れてしまったという主張はウソ」
という主張をされています。


そして、その記事内で
「李明博(イ ミョンバク)元大統領による異常な対日攻撃が始まった」
「それに呼応するように、韓国の反日層がより強固な反日運動を進めた」
「(日本国内の)韓国に対して好意を寄せる層までが嫌韓となった」
「一度ついた火は収まらず、収集がつかなくなった」
と指摘されています。


これは私も以前からそう思っていました。
近年の日本の反韓化は、その要因の多く(あるいはすべて)が韓国側の自爆によるものでしょう。


“どやさ速報”さんは、イ・ミョンバクさんの竹島上陸からの報道の流れや、日本の親韓派の発言などをまとめ、日本の反韓化の流れを解説されていますが、
韓国側の報道からも、日本国内の親韓派の反応が想定外であったことが読み取れます。
韓国政府は読み間違いました・・・自爆です。


日本の反韓化の要因の多く(あるいはすべて)が韓国側のミスにあるということは、イ・ミョンバクさんの自爆行為――竹島上陸(2012年8月10日)、「日王が“ひざまずいて”謝罪しなければならない」(2012年8月14日)――以前以後の韓国好感度推移のグラフを見ても明らかです。


下は内閣府が発表している日本人の親韓度合いの推移を記したグラフになります。


koukand_tan.gif


イ・ミョンバクさんの自爆行為が、いかにインパクトがあったのかわかると思われます・・。
自爆行為以降、崖から転落するように急落しています。


ちなみに、もう少し長期のグラフは以下になります。


7900.gif


このグラフを見て思うことは、1996年以降、日本における韓国の好感度は大局的に見て上昇傾向を描いています。
日本の一般人・・・いわゆる日本人は2011年(自爆行為の前年)まで韓国を好きになり続けていました。


過激なデモを行う“行動する保守”が活動を開始してから現在まで8年ほど経っているそうなのですが、その期間(2006〜2011年)を切り取ってみても綺麗に上昇しています(自爆行為の前年までを切り取るという意味です)。


“行動する保守”が活発に活動し過激化していた2010年・2011年を見てみても韓国の好感度は下がっていません、日本人の親韓ムードは過去最高レベルに達しており、親韓の絶頂期に見えます。


そして韓国が自爆した2012年以降、さらに“行動する保守”は活動を活発化させていましたが好感度は下がっていません、、、むしろ上がっています(39.2%→40.7%)。
近年の日本の反韓化に大きく寄与しているのであれば2013年も好感度は下がるのが妥当なはずです。


これらのグラフから色々なことが読み取れると思われますが、私が言うべきことでもないのでしょう、、、個々人が判断すればよいのでしょう。。


(このサイトは保守の慢心と油断を戒めているサイトですので、耳当たりのいいことばかりは書きませんよー)(^-^;


*        *        *


あらゆるゲームにおいて、最終的には失点を抑えた方が勝ちます。
ミスを抑えた方が勝ちます。
勝負事において「負け」の9割は「自滅」という話もあります。


保守にとって真に恐ろしいのは自爆行為(失点)です。


総力をあげて保守勢力全体の失点を減らさなければなりません。


「敗北」を回避し「勝利」しましょう、そのために失点を減らしましょう。


韓国のように自爆してはなりません。


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現代社会においては、
大規模な事業を行う場合には大衆の同意がかかせない。
したがって、その事業がいかに健全なものであっても、
その良いイメージを大衆の心に印象づけることができなければ
失敗に終わる。(宣伝広報学の父:Edward Louis Bernays博士)
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━━━━━━
どやさ速報様へ。
発信されている記事が非常に興味深いものであったため紹介させていただきました。
すばらしい記事を発信していただきありがとうございます。
失礼いたしました m(_ _)m
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posted by K_美樹 at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 運動の理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月22日

変革運動を敗北させるには

先日、投書がありました。
やり取りの中で、
「なんで先鋭化・過激化すると共鳴者が減るんですか? 思いつくかぎり汚く激しく叩いた方が共感を得られるはずだ。」
と問われました。


これは困りました・・・先鋭化・過激化・非倫理化すると共鳴者が減ると直感的に思いませんでしょうかね?、、、私は思うのですが(^^;
この方法で共感するのは、一部の身内(味方)だけです。
そして、それらの方々は、特にアプローチせずにほおっておいても自分で考え・動き、味方になります、ですのでアプローチする必要がありません。


なぜこれが問題なのかは複数理由がありますし、詳しく書きますと膨大な量になってしまいますので代表的な物をすごく簡単に書いてみます。


*        *        *


人間の脳内には、進化の過程で構築された論理モジュールという回路が先天的に存在し、この回路は一定のキーワードから自動的にネガティブな情動を引きおこすことが明らかになっています。


さらに人間の本能には情動プライミングと呼ばれる自動プロセスが存在し、ネガティブな情動を引きこした概念から無意識のうちに回避行動をとることが実験により明らかになっています――自覚することなく“無意識のうちに”反発するのです。


また、この“無意識の反発”から自我が生み出され後天的な道徳観に成長していきます。
そして、人間には
『自分を社会的にも道徳的にも優れた人物と思いたいし、他人からもそのように見られたい』
という根源的な欲求が生まれます。


成熟した国家において、人は社会的に影響力のある行為をしようとする限り、社会的に広くみとめられた道徳観に沿った行為規範を選択せざるをえません。
人間は先天的にも後天的にも道徳には勝てないのです。
非道徳的なことを続けて行いますと人々は無条件で排除の方向に動きます。


要するに人間は先天的に善良なのです、精神病でもない限りは。
実は先天的倫理プログラムは、人間以外の動物にも存在します。
一例として、たとえばサルは近親相姦をすると思われますでしょうか?
サルは近親相姦が倫理的にタブーであることを後天的に学習できません。


しかし、これは・・・「しない」が正解なのです。
動物は、進化の過程で、理屈なしに、それらから距離を取ることを脳内に刻み付けられているのです、抗えない習性として。
それらから距離を取ることが生存や種の保存に有利であることを無意識に認識しているのです、だから生き残ってきたのです。
このような無意識の倫理回路が、複数、人間には備わっているのです。


過激化・非倫理化がすすみますと、人々は、その概念から無意識に回避行動を取るようになります――つまり共鳴者が離散してしまいます、離脱者が出てきてしまいます。


社会運動研究の第一人者Sidney G. Tarrow博士(コーネル大学社会学部教授)は、著書において、近代民主主義国家における社会変革運動において非倫理的な戦術を用いて勝利することは不可能であり、非倫理的な戦術が採用・発展した例も無い、と述べ、その理由の一つに「暴力が生じそうになるだけでも、非暴力的な共鳴者が遠ざかってしまうことになる」ということを挙げておられますが、この解釈でもいいのですが、要するに、暴力の有無関係なしに、人間は本能的に非倫理的なものから自動的に距離を取る習性があるだけのことなのです。


この原理がわかっていなければ、保守活動の努力をすればするほど離脱者が増え、努力すればするほど敗北に近づくという努力逆転現象が起きてしまいます。


――ちなみにこの努力逆転現象を意図的に起こさせるスパイ工作が過去の社会変革運動で行われていたことが明らかになっています(SDS・アメリカ民主社会運動同盟、新左翼運動)。優れた運動抑圧者は、運動を敗北に追い込むには、『綺麗ごとではダメだ、誰かが泥をかぶらなければ事態を打開できない!』、『平和的活動で何か変わったのか!』と言わせればいいことを研究により知っていたのです。――


ましてや日本は、江戸時代の昔から倫理・教育水準が高く、歴史的に見ても多くの人格者を量産した風土があります。
それが、今日の日本の繁栄の源になったとも言われています。
日本において倫理と戦うのは、なお一層きびしい・・。


日本だけという訳ではなく、世界中のどこであっても倫理を無視した活動を行いますと、倫理を盾にした強大な敵が出現してしまいます、排除の自動プログラムが作動するのです。


余談になりますが、このことを知っていたのがアドルフ・ヒトラーでした。
以下の文章はヒトラーの大衆扇動術からの引用(抄訳)になります。
――私はヒトラー礼賛者でもなんでもありません。またヒトラーが用いた手法の多くが陳腐化しており現代においては通用しないことが明らかになっています。――


普遍的なモラルに反する扇動は自分を不利にする。
味方以外からは強力な反感を買うだろう。
普遍的なモラルを大義名分として団結した巨大な敵が表れる可能性があるのだ。

健全ではない思想を持つ団体は、社会的な影響力を持つほど勢力を広げることはできない、ヒトラーは違っていた。
彼は、大衆に対しては常に善良なイメージを与えた。

誰が見ても善人に見えるように行動したのだ。

ヒトラーが国民から圧倒的な支持を得ることができたのは、彼が普遍的なモラルを持つ人のように見えたからである。

*        *        *

ヒトラーの演説を見ると、ヒトラーに悪魔的イメージだけを想像する人は、意外と平凡な内容に当惑するかもしれない。

演説の内容ほとんどいい話で、悪いやつの演説には見えないのだ。
演説を終わる時に、キリストに祈ることまでしている。

ヒトラーは、民族構成員の間の誤解を払拭してお互いに和合することを主張する。
職業によって人を差別せず、すべての人がそれぞれ重要な役割を分担する民族共同体の一員だ、ということを思い出そうと言っている。
なんとも、いい話ではないか。


『普遍的なモラルに反する発言は自分を不利にする』


『健全ではない思想を持つ団体は、社会的な影響力を持つほど勢力を広げることはできない』


『誰が見ても善人に見えるように行動したのだ』


『国民から支持を得ることができたのは、普遍的なモラルを持つ人のように見えたからである』


――私は、切れ味鋭いユーモラスな言い回しや情熱的な迫る文体が、優れた文章の構成要素となることは理解しております、そのようなものまで否定するわけではありません。――


*        *        *


あらゆる勝負事において、最終的には失点を抑えた方が勝ちます。
ミスを抑えた方が勝つのです(とくに勝利条件が厳しい場合はそうなります)。


勝負事において「負け」の9割は「自滅」という話もあります。


総力をあげて保守勢力全体の失点を減らさなければなりません。


「敗北」を回避し「勝利」しましょう、そのために失点を減らしましょう。


離脱者を出してはなりません。
努力逆転現象を起こしてはなりません。
韓国のように自爆してはなりません。


------------------------------------------------------
現代社会においては、
大規模な事業を行う場合には大衆の同意がかかせない。
したがって、その事業がいかに健全なものであっても、
その良いイメージを大衆の心に印象づけることができなければ
失敗に終わる。(宣伝広報学の父:Edward Louis Bernays博士)
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posted by K_美樹 at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 運動の理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月22日

平和的なデモは効果が無い?

つい先日、投書があり、
「ヤクザ(彼の民族)に対して平和的なデモをやっても効果があるわけがない」
という指摘を受けました。
「話が通じない抑圧者には、相手の土俵での対抗戦法をとらなければならない」
という考え方があるようです。


これに関して、私の考えを述べるのであれば、、、もし、
「平和的なデモは効果が有るのか?無いのか?」
と問われたならば、「効果は“ある”」と思います。
というよりも、相対的に見て平和的なデモの方が効果が高いと思います(特に近代民主国家においては)。


過去に、軍隊による抑圧、メディアの統制が行われていた独裁国家(話が通じない抑圧者)において、徹底した平和的なデモによって勝利した社会変革運動の例があります。
独裁国家のメディア統制に比べれば、日本は、はるかに恵まれています。
他のいかなる条件面においてもに、日本は、はるかに恵まれています。
過去に記事にしていますが、今一度、引用してみます。


*        *        *


社会運動研究の第一人者Sidney G. Tarrow博士(コーネル大学社会学部教授)の著書にセルビアの独裁者スロボダン・ミロシェビッチ大統領と民衆との戦いの様子が記されています。


ミロシェビッチ大統領とはどのような人物だったのでしょうか?


ミロシェビッチが政治的に攻撃されることがなかったのは、
軍隊とメディアを支配しているからだった=中略=

非情なまでの狡猾さ、報道機関に対する統制の継続、
ミロシェビッチを支持する残存した旧共産党の機関のために、
1996年11月まではかれの権力は安泰であるかに見えた。


当時、ミロシェビッチは「軍隊」と「メディア」を支配しており、法律までねじまげるような人物でした。
当時のセルビアの統制・隠蔽は、現在の日本など比較にはならなかったはずです。


このような状況下でありながら、民衆は徹底的に平和的な手法で対抗します。


警察が、通常の歩行者だけがベオグラードの繁華街の通りを利用するようにと要求したときには、何千もの人々がペットの散歩や仕事中のようなふりをして現れた。

国家に統制されたメディアが抗議を報道するのを拒否したときには、笛を吹き鳴らした行進がその本社を毎夜列になって通り過ぎ、それが国際的なメディアに報道された。

大晦日の晩が来ると、30万人のデモ参加者は抗議を街頭パーティーへと変えた。
美人コンテストの優勝者が選ばれたときには、その優勝者は、デモ隊と向き合っている警官の一人を「一番かわいい警官」と名づけ、花束をその警官に手渡した。

何千もの市民が、寒い中を行進したり、笑ったり歌ったりした。
そうした毎夜の壮観がなかったならば、世界はおそらくセルビアをなるがままにまかせただろう。=中略=

暴力は人々に強い印象を与えるが、運動の編成に厳しい制約をもたらす。
なぜなら暴力は、運動への共鳴者を制約し脅かして追っ払ってしまうことになるからだ。=中略=

暴力が生じるか生じそうになるだけでも、それは当局に抑圧のお墨付きを与え、非暴力的な共鳴者は遠ざかってしまう。

そうしたことがおこると、近代においては勝利することが事実上不可能な、当局との軍事的対決という悪循環に組織者は陥る

民主主義国家で現代的レパートリー(共同行為の手法)の定番として発達してきた汎用的な集合行為形態の事実上すべてが、非暴力的なものであるのは以上のような理由からだろう。


1997年2月13日、独裁体制は崩壊します・・・。(参考)


『何千もの市民が、行進したり、笑ったり歌ったりした』
『暴力が生じそうになるだけでも、当局に抑圧のお墨付きを与え、非暴力的な共鳴者は遠ざかってしまう。』


Sidney G. Tarrow博士は、「勝つ」ための一つの答を提示しています。


*        *        *


あらゆる勝負事において、最終的には失点を抑えた方が勝ちます。
ミスを抑えた方が勝つのです(とくに勝利条件が厳しい場合はそうなります)。


勝負事において「負け」の9割は「自滅」という話もあります。


総力をあげて保守勢力全体の失点を減らさなければなりません。


失点を減らしてください、それだけで勝利につながります。


韓国のように自爆してはなりません。。


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基礎的な話を、くどくどと何度も書いて申し訳ありません m(_ _)m
今、日本で活動している保守活動団体の方々は活動の専門家であり、私のような低レベルな人間が書くような内容は、すべて知っているということは承知しております。
何度も申し訳ありません m(_ _)m
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posted by K_美樹 at 20:15| Comment(21) | TrackBack(0) | 運動の理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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