2014年04月02日

日本と韓国を決定的に分けたもの(4)

昨日のつづきです。
そして明日で最終回です。


*        *        *


日露戦争のクライマックスともいえる日本海海戦で、ロシアのバルチック艦隊を撃破し、一躍、世界にその名を謳われた連合艦隊司令長官・東郷平八郎――彼に関する著書『東郷の国』が、明治41年、アメリカで出版された。
日露戦争が終結してから、ほぼ3年後のことである。
その著者はヘンリー=B=シュワルツといった。


彼は日露戦争で旅順が陥落した直後、来日して福岡を旅行中であったが、たまたま博多駅で遭遇した「奇妙な光景」を次のように述べている。


駅の広場は黒山の如き人垣で埋まり、警察が多数出動して、群集に向かって厳重注意を呼びかけていた。「決して指さしたり、笑ってはいけない」

やがて列車が着き、人の行列が市中を行進し始めた。
行列はロシア軍の捕虜の一段であった。

“薄汚れてアホずらしたロシア兵ども”を迎えるには場違いな厳粛さに感動した。
生涯忘れられないシーンであった。


同じ状況下におかれた場合、これほどの“礼節”と“自制心”を発揮できる国が他に一つとあるだろうか。


またシュワルツは同書において、次のようにも語っている。


「明治の日本は、人為的に急ごしらえで作られた国ではない。それは砂上の楼閣でも、決してない。過去の古い歴史に根ざし、枝ぶりのみごとな、いわば杉の大木である。現代の日本人を理解するために、何はともあれ、まず、このことを理解する必要があるだろう」(中略)


サムライ・ニッポン――それは“義”を重んじ“名”を惜しむこと(恥を恐れるということ)を特性とし、代々子孫に伝えながら、徳川250年の中で培養された日本人独特の、一大思潮を象徴する語といってよいであろう


フランスの元駐日大使で、20世紀最高の詩人でもあったポール=クローデルは、かつて、


「私が決して滅ばされることのないようにと願う一つの民族がある。それは日本民族だ。あれほど興味ある太古からの文明をもっている民族は他に知らない。この最近の驚くべき発展も私には少しも不思議ではない。彼らは貧乏だが、しかし彼らは高貴だ。」


といっている。
第二次世界大戦の最中、昭和18年のことである。
クローデルが日本の敗色濃厚となった時局において、日本の古き佳きものの滅び去るのを、衷心から惜しみ歎いたのは、まさに“自律”と“自己犠牲”、そして“美しさ”を併せもつところの、日本の“武士道”に代表される伝統、文化であったといってよい


クローデルのみらなず、日本人の中に“精神文化としての武士道”をみて、讃美し、驚嘆し、羨望した外国人は、幕末維新以来、決して少なくなかった


安永4年(1775)、長崎の出島へやってきたスウェーデン人のカール=ペーター=ツンベルグ(植物学者)は、日本人を評して次のように述べている。


「気が利いていると同時に賢明であり、従順であると同時に正義を愛し、またある程度までは自由を主張する。活動的で質素で、経済的で誠実で、且つ勇気に富んでいる」


*        *        *


明日につづきます。


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