2014年03月22日

平和的なデモは効果が無い?

つい先日、投書があり、
「ヤクザ(彼の民族)に対して平和的なデモをやっても効果があるわけがない」
という指摘を受けました。
「話が通じない抑圧者には、相手の土俵での対抗戦法をとらなければならない」
という考え方があるようです。


これに関して、私の考えを述べるのであれば、、、もし、
「平和的なデモは効果が有るのか?無いのか?」
と問われたならば、「効果は“ある”」と思います。
というよりも、相対的に見て平和的なデモの方が効果が高いと思います(特に近代民主国家においては)。


過去に、軍隊による抑圧、メディアの統制が行われていた独裁国家(話が通じない抑圧者)において、徹底した平和的なデモによって勝利した社会変革運動の例があります。
独裁国家のメディア統制に比べれば、日本は、はるかに恵まれています。
他のいかなる条件面においてもに、日本は、はるかに恵まれています。
過去に記事にしていますが、今一度、引用してみます。


*        *        *


社会運動研究の第一人者Sidney G. Tarrow博士(コーネル大学社会学部教授)の著書にセルビアの独裁者スロボダン・ミロシェビッチ大統領と民衆との戦いの様子が記されています。


ミロシェビッチ大統領とはどのような人物だったのでしょうか?


ミロシェビッチが政治的に攻撃されることがなかったのは、
軍隊とメディアを支配しているからだった=中略=

非情なまでの狡猾さ、報道機関に対する統制の継続、
ミロシェビッチを支持する残存した旧共産党の機関のために、
1996年11月まではかれの権力は安泰であるかに見えた。


当時、ミロシェビッチは「軍隊」と「メディア」を支配しており、法律までねじまげるような人物でした。
当時のセルビアの統制・隠蔽は、現在の日本など比較にはならなかったはずです。


このような状況下でありながら、民衆は徹底的に平和的な手法で対抗します。


警察が、通常の歩行者だけがベオグラードの繁華街の通りを利用するようにと要求したときには、何千もの人々がペットの散歩や仕事中のようなふりをして現れた。

国家に統制されたメディアが抗議を報道するのを拒否したときには、笛を吹き鳴らした行進がその本社を毎夜列になって通り過ぎ、それが国際的なメディアに報道された。

大晦日の晩が来ると、30万人のデモ参加者は抗議を街頭パーティーへと変えた。
美人コンテストの優勝者が選ばれたときには、その優勝者は、デモ隊と向き合っている警官の一人を「一番かわいい警官」と名づけ、花束をその警官に手渡した。

何千もの市民が、寒い中を行進したり、笑ったり歌ったりした。
そうした毎夜の壮観がなかったならば、世界はおそらくセルビアをなるがままにまかせただろう。=中略=

暴力は人々に強い印象を与えるが、運動の編成に厳しい制約をもたらす。
なぜなら暴力は、運動への共鳴者を制約し脅かして追っ払ってしまうことになるからだ。=中略=

暴力が生じるか生じそうになるだけでも、それは当局に抑圧のお墨付きを与え、非暴力的な共鳴者は遠ざかってしまう。

そうしたことがおこると、近代においては勝利することが事実上不可能な、当局との軍事的対決という悪循環に組織者は陥る

民主主義国家で現代的レパートリー(共同行為の手法)の定番として発達してきた汎用的な集合行為形態の事実上すべてが、非暴力的なものであるのは以上のような理由からだろう。


1997年2月13日、独裁体制は崩壊します・・・。(参考)


『何千もの市民が、行進したり、笑ったり歌ったりした』
『暴力が生じそうになるだけでも、当局に抑圧のお墨付きを与え、非暴力的な共鳴者は遠ざかってしまう。』


Sidney G. Tarrow博士は、「勝つ」ための一つの答を提示しています。


*        *        *


あらゆる勝負事において、最終的には失点を抑えた方が勝ちます。
ミスを抑えた方が勝つのです(とくに勝利条件が厳しい場合はそうなります)。


勝負事において「負け」の9割は「自滅」という話もあります。


総力をあげて保守勢力全体の失点を減らさなければなりません。


失点を減らしてください、それだけで勝利につながります。


韓国のように自爆してはなりません。。


======
基礎的な話を、くどくどと何度も書いて申し訳ありません m(_ _)m
今、日本で活動している保守活動団体の方々は活動の専門家であり、私のような低レベルな人間が書くような内容は、すべて知っているということは承知しております。
何度も申し訳ありません m(_ _)m
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posted by K_美樹 at 20:15| Comment(21) | TrackBack(0) | 運動の理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「平和的なデモ」の定義には人それぞれあると思いますが、行動する保守運動のデモは集団で暴力を振るったり、無関係の一般人に罵声を浴びせたりはしていないです。
しばき隊が現れることによって周囲が騒然として「平和的でなく見える」ことはありますが、それを「平和的でない」と言うのであれば、あらゆるデモはしばき隊が現れた時点で中止しなければならなくなります。それでは敵の思う壺ですね。

あと、ベオグラードのデモは日本でやったら無許可デモではないでしょうか・・・。
Posted by ルフトバッフェ at 2014年03月22日 23:45
いつもコメントありがとうございます m(_ _)m


>行動する保守運動のデモは集団で暴力を振るったり、
>無関係の一般人に罵声を浴びせたりはしていないです。

であれば、そこは問題はありません。
ただ・・・私は行動する保守のデモの動画を見たことがありますが、
「殺す」「ど阿呆」「変態」と拡声器で言っていました・・。
また、裁判記録によりますと
「ゴキブリ」「ウジ虫」「殺処分しろ」「ぶち殺せ」「メス豚」「ゴミ」
とあります。


>ベオグラードのデモは日本でやったら
>無許可デモではないでしょうか・・・。

独裁国家では許可がでませんからね(^^;
これは「平和的なデモは効果が有るのか?無いのか?」
と問われたので、そういう前例がありますよ、と言っているだけで、
日本は許可が出るのですから普通にやればいいだけです。
よく読みますと、私は、そのような平和的なデモをそのままやれとは
言っていません(^^;、すいませんわかりにくくて。
――いろいろと難しい部分がありまして・・・自由奔放に書けるというわけでもないところがあります。私の文章能力が低いということもありますが。。――
Posted by 美樹 at 2014年03月23日 00:56
ルフトバッフェさんへ

> 総力をあげて保守勢力全体の失点を減らさなければなりません。
> 失点を減らしてください、それだけで勝利につながります。
> 韓国のように自爆してはなりません。

これはど明確なメッセージを素通りしないでほしい。厳しい言い方になりますが、「平和的なデモ」の定義には人それぞれあるという保守精神に反する個人主義的な相対的価値観でもって、自分の定義からすれば「平和的でない」とはいえないなどという主張の愚かさに気づいてほしい。

「大人のいない社会」とでも言えるような社会になってしまった日本(日本だけではありませんが)で育ち、自らも大人になれない。「異なる」意見は「違和感」と言うだけで素通りし、自己の考えに合わない考えの前で立ち止まり、それはいったいどういうことなのかと考え込むはしない。自己否定と他者への懐疑の狭間で立ち尽くすのこともない。自分の行動や言動の基準を疑う力に欠けてしまっている。ひょっとして、そういう風になってしまっているかもしれないと考え直せないものだろうか?自分には理解し得ないことがある、わからないことがあるという認識にたち、学び議論し行動することが「生存の成否」を分けるような時代なのです。

Posted by 石田 at 2014年03月23日 02:03
ベオグラードのデモのようなデモは日本では不可能かというとそうではないと思います。

一番初めのフジデモがちょうどそういう空気を持っていたのではないか・・・
あのデモの始まりには敵にとって脅威となる「したたかさ」と「しなやかさ」があったのではないか・・・
しかし日本人の真面目さがそういう空気を許さない方向へと向かってしまったのではないか・・・
・・・などとぼんやり思ったりします。


Posted by フジデモを思い出します at 2014年03月23日 08:35
>美樹様

確かに、京都朝鮮学校については在特会でも失敗だったという認識があるようです。ウトロ問題では行政交渉に切り替えていますね。
デモに関しては、妨害者に対して言い返すのは仕方がないです。言われっ放しで俯いて歩いていれば「在特会かわいそう・・・」と沿道の人が思ってくれるのでしょうか。

>石田様

失点を究極的にゼロにする方法は、全く活動しないことですが、それでは駄目なのはお分かり頂けると思います。
美樹氏が以前平和的な活動の例として挙げていた戸別訪問でも、妨害者が現れて言い争いになれば「平和的でない」ことになってしまいます。

「平和的なデモ」の定義が人それぞれであるのは事実だと思います。
「警察の許可を得ている」「暴力を振るっていない」「大声を出さない」「日の丸を掲げない」「主張がリベラルである」「そもそもデモ自体が平和的ではない」等々・・・

全ての人に平和的だと思われたいのであれば、そもそもデモ自体できません。かといって、無許可デモや暴力を肯定するべきとも思いません。どこか落とし所を見つけて線を引くしかないのです。

--------------------

全くの余談ですが、在特会は以前「シーシェパードの集会の隣で鯨肉バーベーキュー大会をする」という抗議活動を行っています。これは「一番かわいい警官コンテスト」に匹敵する皮肉とユーモアの効いた活動だと思います。
Posted by ルフトバッフェ at 2014年03月23日 11:55
>>石田様

いつもコメントありがとうございます(^^)

ちなみに前回の私のレスは読んでおられますでしょうか?
大した内容でもないですが・・(^^;
もしよろしければ m(_ _)m

迷惑であったならば申し訳ありません。
Posted by 美樹 at 2014年03月23日 21:20
>>フジデモを思い出します様、コメントありがとうございますm(_ _)m

そうだったのですか・・。
私がネット保守に触れてからずいぶんと経ちましたが、
ネット保守の空気が変わってきているのは肌で感じます。
私も、かつては新世代保守活動団体(当時は過激ではありませんでした)に
熱狂していた時期がありました。
今は何ともいえない苦しさを感じています・・。
Posted by 美樹 at 2014年03月23日 21:21
>>ルフトバッフェ様、コメントありがとうございます m(_ _)m

>在特会でも失敗だったという認識があるようです。

そうなのですか、すばらしいことです(^^)
ただ、あれを最高の成功例として私に発信してくる方も多いです・・。
(おそらく関係者の方)


>デモに関しては、妨害者に対して言い返すのは仕方がないです。

無視すればいいのではないでしょうか?
何か問題があるのでしょうか・・。

過去に“多数者から平和的と云われたデモ”は、いくらでもあります。
それで勝利した社会変革運動も多くあります。
日本よりも、はるかに劣悪な環境下で“多数者から平和的と云われたデモ”で
勝利しています。
しばき隊など比較にもならないほどの妨害、厳しい攻撃があっても
勝利しています。
(反対集団からの苛烈な妨害があるのは当たり前のことです)
なぜ、圧倒的に恵まれた日本国で“多数者から平和的と云われるデモ”が
が難しくなってしまうのでしょうか・・。
日本人には欠けている物があるのでしょうか・・・。
――私は日本人は世界有数の優れた精神性と思考力を持つ民族だと思っていますが――
Posted by 美樹 at 2014年03月23日 21:25
ルフトバッフェさんへ

朝日新聞の英語版やNYタイムズなどで、在特会の「ヘイトスピーチ」に関する報道や在日知識人や在日活動家の「反日」発信があるのはご存知のことだと思いますが、こういう事態にたいし何をされてるのですか?どう考えていらっしゃるのですか?戦略的・戦術的にどう対応するおつもりなのか?アメリカの国務省が「在特会」の活動にたいする憂慮の念を表明しています。これについてはどうお考えでしょうか?

反日の人たちに「飯の種」を与え、反日の正当性の論拠を訴える機会を与え、日本人全般への偏見を助長しているかもしれないと思われたことはないのですか?

元来少数派の一般の親日的なアメリカ人が注目しています。それは、「あれほど善良な日本人がなぜ・・・」という驚きがあるからだと思われます。

日本政府が少しずつ対応しだしている「在日」対策への最大の攻撃になってはいないでしょうか?

日本の心が病んでいるということを痛感しています。

全く活動するななどと書いてはいない。失点を究極的にゼロにしろなどとは言ってはいない。あなたの論理の揚げ足をとるという意味ではありません。<「平和的なデモ」の定義が人それぞれであるのは事実>だから、保守精神に反する個人主義的な相対的価値観に堕することは良しとせよというのですか?もっとしっかり考えないと潰される。「あなたが」ではなく、日本が。このことの重大性を認識されたい。

>全くの余談ですが、在特会は以前「シーシェパードの集会の隣で鯨肉バーベーキュー大会をする」という抗議活動を行っています。これは「一番かわいい警官コンテスト」に匹敵する皮肉とユーモアの効いた活動だと思います。

このような捻れた心性におちぶれた日本人を「英霊」の方々には見せたくなかった。憎しみを煽るその思考法は、おそらく日本には本来なく、半島や大陸のものである。それをどう認識し、乗り越えるかがあなたの課題ではないでしょうか?


Posted by 石田 at 2014年03月24日 01:44
>石田さん
横からすみませんが、ある掲示板でアメリカ当局では「zaitokukai」は在特会そのものだけではなく在特会に関連する、あるいは似通っている組織全般を意味するという主旨の書き込みを読みました。
実際のところはどうなのでしょうか。
よろしければお教えいただけないでしょうか。
Posted by 横からすみませんが・・・ at 2014年03月24日 08:22
<横からすみませんが・・・>さんへ

私にはわかりませんが、私もそのような書き込みを見たように思います。zaitokukaiを固有名詞として使っている文脈もあれば、一般名詞(在特会のような活動や運動をになうものの総称)として使っている場合もあるのでしょう。
Posted by 石田 at 2014年03月24日 10:26
美樹さんへ

私は社会心理学を勉強したことがないので、美樹さんのブログは大変勉強になっています。ありがとうございます。まだ消化中ですが、近いうちに僭越ながら私なりの考えを述べる機会があればと思っています。美樹さんのブログでのコメントに対するアプローチはすばらしいと思います。「対話」が成立しにくい世界で、他者の議論に真摯に対話的に応えられている。

Twitterは試したこともありません。もしメールでのお話であればお受けできます。
よろしくお願い申し上げます。



Posted by 石田 at 2014年03月24日 12:03
>石田さんへ

そうですか・・・やはりそうですよね。

ご回答ありがとうございました。
Posted by 横からすみませんが at 2014年03月24日 14:21
>>石田さん

レスありがとうございます(^^)

いやー、けっこう体力的にキツいところがでてきましたので、
そろそろ潮時かとも思っていたのですが、
これはもう少し頑張らなければなりませんね(^^;
メールの件、ありがとうございます。
落ち着きましたらメール差し上げること、あるかもしれません m(_ _)m
Posted by 美樹 at 2014年03月24日 19:57
>>美樹様

反論しなければ、「デモ隊が言い返せないということは妨害者の言うことが正しいのかな・・・」と思う人も少なからずいるのではないでしょうか。既定のシュプレヒコールを続ければいいと思われるかもしれませんが、実際にあれだけの妨害をかけられると、スピーカーから2〜3m離れただけでコールは聞こえません。よって、各個で反論することになります。
また、妨害者が違法行為を行っても警察はなかなか逮捕しないので、こちらも「今殴ったぞ」「逮捕しろ」などと大声で指摘することになります。
「殺す」「ど阿呆」については、売り言葉に買い言葉で多少はあるかもしれません。しかし、理路整然と長文で反論を述べたところで騒乱の現場で通じるでしょうか。全て相手があってのことです。

>過去に“多数者から平和的と云われたデモ”は、いくらでもあります。

確かにそれらのデモでは暴力は使用されなかったのでしょうが、妨害や弾圧に対して、反論も喧噪も一切なかったのでしょうか。
どうもそういうイメージは持てません。私が勉強不足なだけかもしれませんが・・・。


>>石田様

海外における日本に関する報道は日本国内のメディアを引用する場合が多いため、国内の反日売国マスコミの打倒が鍵となると思います。
既存マスコミに対抗して正しい情報を拡散するには、独自の「運動メディア」が必要となります。それがネット及びデモ行進・街宣活動です。

外国政府に対するロビイングは第一義的には政府の責任です。署名のように個人レベルでできることもありますが、程度は知れています。従って、ロビイングを積極的に行ってくれる政府を作らなければいけませんが、そのためには反日売国マスコミを打倒し、国民が正しい情報に基づいて選挙を行う必要があります。


>保守精神に反する個人主義的な相対的価値観

これに関してはよくわかりません。
私は「価値観は相対的なものだから自分の価値観を絶対化して押し付けても構わない」と主張しているわけではありません。
人々の価値観はある程度広がりがあるのだから、概ね中庸なところに基準を設定するしかない、と言っているだけです。
石田様は、万人に共通する絶対的価値観が存在するとお考えなのでしょうか?
Posted by ルフトバッフェ at 2014年03月24日 19:59
投稿したのですが、エラーになってしまいます。
Posted by 石田 at 2014年03月25日 19:05
コピペだと投稿エラーになるようです。
Posted by 石田 at 2014年03月25日 19:06
>>ルフトバッフェ様 コメントありがとうございますm(_ _)m

>反論しなければ、「デモ隊が言い返せないということは
>妨害者の言うことが正しいのかな・・・」と思う人も
>少なからずいるのではないでしょうか。

個人的な感想ですが、居ないと思います・・。
妨害者の土俵にあがって大声で罵倒しかえす集団を見たら
正直、私は、かなり引きます・・。
逆に、罵倒を受けても相手にせず毅然・整然と行進する集団を見たら、
私は、好感を持ちますし、気骨があるな、、、と感じます。
(声が大きければ他者が味方になるわけでもありませんし、
 それどころか敵になるということはご存知のことと思われます)

例えば外国人の待遇改善を求めるエスペラド人(こんな国は無いです)の
デモ集団が街中で非難を浴びせられ、それに対して
「殺すぞ!」「ど阿呆!」と返していたら、私はエスペラド人の
精神構造を疑います・・。
邪悪なエスペラド人の排斥運動のサイトを立ち上げるかもしれません。


>スピーカーから2〜3m離れただけでコールは聞こえません。

これもよくわかりません、複数のデモの動画を見ていますが、
コールの大音量(拡声器)のほうが、私にはよく聞こえます。
それどころかデモ主催者が、警察官を押しのけて罵倒をする、
デモ主催者が、警察官に対して拡声器を使って罵倒をする、
警察官に「馬鹿!」、「爆破するぞ」、「殺しに来た」、
私には理解できません・・・こんなことは一切しなくてもデモは可能です。

私はルフトバッフェさんと何度も会話していますし、
ルフトバッフェさんが冷静・聡明な方ということを知っていますが、
なんだか考え方が不自然な気がしてしまいます・・。
「敵の土俵に上がって罵倒し返せば、通りがかった人が味方になるかもしれない」
・・・・・・こんなの変ですよ。
ルフトバッフェさんは、何か個人的なことで「これしか方法がない」と
自分を納得させようとしているように見えなくもないです。
(気分を悪くされたら申し訳ありません、お詫び申し上げます m(_ _)m)。
でも、、、見えなくもないです・・。
Posted by 美樹 at 2014年03月25日 21:45
>>石田さん

私も、ときどきある症状です。
おそらくseesaaブログのバグか何かなのですが、
(一度、確認を押したあとブラウザ機能でバックしたりすると
 なるような感じがしますが、詳細は不明です)
何かの拍子で、投稿してもエラーになってしまいます。

一時間ぐらいで解除されることが多いのですが、
改行位置を変えたり、文章を少々改変すると
投稿できることもあります。

私にも、どうしたら良いのかわかりません(^^;
いろいろと試してみてください、すいません m(_ _)m
Posted by 美樹 at 2014年03月25日 21:48
>妨害者の土俵にあがって大声で罵倒しかえす集団を見たら
>正直、私は、かなり引きます・・。

うーん・・・これは正直なところ見解の相違としか言いようがないですね。
不当な行為に対して怒りを覚えるのは自然なことだと思いますし、多くの大衆は不当な行為に対する怒りに共感する感情を持っていると思います。

日本人の精神性といいますが、不当な行為に対する怒りは大なり小なりあらゆる民族にあるものだと思います。
例えば、米国で外国人の無許可デモ隊が中指を突き立てて反米的な主張を叫びながら市民の政治活動を妨害すれば、只では済まないでしょうし、少なくとも罵声の一つも無いということはないと思います。これは、米国人の精神性が著しく劣っているのでしょうか。


>コールの大音量(拡声器)のほうが、私にはよく聞こえます。

動画によっては、先導車の近くの音声を合成しているものもあるのかもしれません。
いずれにしても、激しい妨害を掛けられるとコールが聞こえないというのは、実際に参加した時の実感です。


>警察官に「馬鹿!」、「爆破するぞ」、「殺しに来た」

確かにこれが事実であれば問題だと思います。
しかし、ほとんどのデモでは、終了後に警察官に「ありがとうございました」とお礼を言いこそすれ、警察官を攻撃したりはしていないです。
Posted by ルフトバッフェ at 2014年03月28日 20:52
>>ルフトバッフェさん コメントありがとうございます m(_ _)m

>不当な行為に対して怒りを覚えるのは自然なことだと思いますし

自然なことです、それを訴えるのも問題ありません。
しかし、それを行うのに
非倫理的な行動・言動を使う必要性がありません。


>例えば、米国で外国人の無許可デモ隊が中指を突き立てて
>反米的な主張を叫びながら

このような活動団体が米国にありましたが支持を失い崩壊しました。
敗北した団体の類似行為を、勝利を義務付けられた集団が、
自身に組み込む必要性がありません。

また、同思考の手法で社会変革運動を抑圧した対抗者が
過去にいましたが敗北しました。
敗北した集団の類似行為を、勝利を義務付けられた集団が
自身に組み込む必要性がありません。

普遍的なモラルに反する発言・行動は自らを不利にし破壊します。


>激しい妨害を掛けられるとコールが聞こえないというのは

見なおしてきましたが、遠くからの拡声器の声が
はっきりと聞こえます。


>確かにこれが事実であれば問題だと思います。

事実です。しかし、
『終了後に警察官に「ありがとうございました」』
というのはすばらしいですね(^^)、こうあって欲しいですね。
Posted by 美樹 at 2014年03月31日 19:29
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