2014年02月28日

【保守活動講座3】どこにでもあるもの

昨日の続きになります。


昨日、問題提起した『相互確証幻想(グループシンク)』についてですが、補足しておくべき内容があります。
これは従来は、特別な条件下において発生するといわれていました。


しかし、現在では集合・宗派のようなものがあれば、程度の差はあれ普遍的にどこにでも存在するものとされています。
Len Fisher(元南オーストラリア大学准教授、英ブリストル大学研究員)教授は以下のように述べています。


アーヴィング・ジャニス(カリフォルニア大学名誉教授)の論じるところでは、グループシンクは主に、政策の決定にかかわるといったような「中毒になりそうなレベルの」特権をもった人々がいる「非常に高い階級の集団」の領分で見られるという。
またグループシンクが生まれる状況については、主としてその集団は(1)外部の批判から遮断されていて、(2)外的な脅威があることが確認され、それによる高いストレスがあり、(3)集団としての団結が強固な場合に限られるとも信じていた。

しかしジャニスは間違っていた。グループシンクはどこにでもある。
そして他人に対する態度に影響を与える力をもっているがゆえに有害なものなのだ。

二人の心理学者、マギル大学のドナルド・テイラーとデリー大学のファイシュナ・ジャギの研究から、この影響がどのように生じるかを示す事例が明らかになっている。

二人はまず、インド南部のヒンドゥー教徒とイスラム教徒の学生をボランティアとして集め、物語をいくつか読むように言った。

――その内容は、ヒンドゥー教とイスラム教のそれぞれの信徒が「善い行い」や「悪い行い」をするというもの――

それから学生たちに、登場人物がどうしてそのような行いをしたのか訊ねた。
登場人物がボランティア自身と同じ社会集団(宗派)に属し、悪い行いをしている場合、その過ちは都合よく外的な原因のせいにされた

だが、その行いが別の社会集団(宗派)のメンバーによるものだった場合、過ちはその集団に典型的なものとして考えられた

物語の内容が“善い行い”についてのものになると、この関係は逆転する――つまり、ボランティアたちは善行を自分自身が属する集団の特徴としてとらえ、別の集団のメンバーが善いことをしたという話になると、個人とは無関係な何らかの外的要因のせいにしたのである。

このような態度は、社会の伝統や考え方に対する素朴な誇りを反映したものかもしれないし、あるいは、人種差別、過激な民族主義、宗教による偏狭な世界観につながる恐ろしい道へと私たちを追い立てるかもしれない。=中略=

残念ながら、社会にはグループシンクが蔓延している。
グループシンクは家族や地域や遊び仲間に影響を与え、危険を及ぼし、ときにパーティで騒ぎを起こさせることもある。

たとえば、コーリー・デラニーという十代の少年がインターネットを使って仲間を集め、パーティーを開いたが、酔っぱらった若者たちによって家が壊されかけるという事件があった。

この場合、集団の圧力が十代の若者たちを衝き動かし、互いにエスカレートさせ、面白いからという理由だけで正気の沙汰でない狼藉を働かせることになった。

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2008年初旬、コーリー・デラニー(当時16歳)が開いたパーティーの参加者が暴徒化、暴動に発展した。参加者は500人、鎮圧に動員した警官は30人、警察犬、ヘリコプターが投入された。警察の出動費用は2万ドル、隣近所へも被害が及んだ。
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『相互確証幻想』は、人間の集団(宗派・思想集団)が存在すれば、どこにでも発生しえる普遍的なものです。


「どこにでも発生しえる普遍的なもの」・・・この事実を踏まえた上で、前回までの復習をしておきます。
『相互確証幻想』に取り憑かれた人は、以下のような特徴をしめします。


(1):集団の考え方に反すると、脅迫あるいは実際に制裁が行われ、疎外感を抱くようになる。(異論への攻撃・制裁)

(2):「疑いようのない証拠」を否定し、「事実にはほとんど基づかないこと」を信じ続け、いかなる疑念も正当化することができる。(情報のオミット・虚偽の盲信・自己正当化)

(3):成員は「自分たちは優秀な人間であり、障害や妨害を容易に乗り越えらえる」と思い込み、自分の属している集団は「強くて」、「賢くて」、他の集団に比べ「大義があり」、さらに「無敵」とさえ考える。(優越意識・極度の楽観・無敵幻想

(4):集団内の圧力によって異論を唱えることが封じられる前に、自分からそのような意見を述べることを差し控える。結果、反対的な動向は表面にあらわれず、多くの成員は「皆が、この“やり方”に賛成している」と思い込み「表面上の意見」が一致する。(批判の自粛・表面上の支持拡大)

(5):成員は「自分たちは大義・正義の実現のために身を挺して行動しているのであり、そのためには多少の犠牲や非倫理的行為も許される」と考える。(大義の強調・倫理観の麻痺)

(6):外集団(敵対する集団)に対し不正確で否定的な認識を持つようになり、敵を、弱く、邪悪で、信頼を得られない愚かな存在だと見下すようになる。(敵に対する不正確な認識と見下すような思考)


『靖国参拝を支持している国が複数ある』
―→そのような国はありません。


『靖国参拝を批判しているのは中韓だけ』
―→他にも複数の国が明確な批判声明を出しています。


『靖国参拝支持するコメントをしてる外国閣僚が複数いる』
―→そのような人は居ません。


明日以降、なぜこの『相互確証幻想』が危険なのか、さらに突っ込んだ話をしたいと思います。


これに取り憑かれると「精神に異常をきたすために問題がある」・・・わけではないのです。
さらに保守運動体を破壊しかねない危険が内包されています。


明日に続きます。

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posted by K_美樹 at 19:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 第三の敵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
有益な情報発信、ありがとうございます。
私も当ブログ主さんと同様の見解でおります。
私も努力しますので、当ブログ主さんもこの調子で頑張って下さい。
Posted by 一輝 at 2014年02月28日 22:21
コメントありがとうございます。

理解していただける方がいるというのは嬉しいものですね(^^)
体力的な問題もあり、なかなかうまくいかないことも多いですが、
できるかぎり頑張っていこうと思います。
一輝さんも頑張ってくださいませ m(_ _)m
Posted by 美樹 at 2014年03月01日 16:36
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