2014年01月23日

日本の外交力の今昔(1)

一昨日、国際会議にて、日本の外交官が中国の外交官と靖国参拝をめぐり口論になり、論破され醜態を晒した、というニュースを紹介しました。


[ドイツで日中外交官が舌戦、勝利の中国に拍手「日本は落胆して退場」]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140117-00000042-rcdc-cn


退場する水谷総領事



日本の外交力の低下には目を覆わんばかりです。


日本の外交力は昔からこうだったのでしょうか・・・。


        *        *        *


戦略研究家の大橋武夫(元陸軍中佐・東部軍参謀)さんが、日露戦争において日本がどのような戦略をもって奇跡を成し遂げたのかを研究、まとめています。


ちなみに日露戦争当時、特使としてアメリカに派遣された金子堅太郎さんは、1904年秋のハーバード大学における講演演説において


『日本はとても勝てる見込みはない。日本人中、一人として、今度の戦いに勝てると思っている者はいない・・・』


と述べたそうです。
当時、世界はイギリスとロシアの二大巨頭体制であり、その二国を中心に世界は回っていました。
特にロシアの軍事力は世界最強とも云われていました。。


金子特使の言うとおり、日本は「勝てる見込みはほとんど無い」にもかかわらず開戦に踏み切りました。
日本は前例のない危機的状態でした・・。


一体、なぜ、日本は勝利したのか。
大橋さんは以下の6つの要因をあげておられます。


1【小村外交工作】国際情勢を日本に有利に導いた外交工作、とくに日英同盟

2【赤石謀略工作】ロシアの内部崩壊を策した明石元二郎の謀略工作

3【金子終戦工作】開戦時に手を打った金子堅太郎の終戦工作

4【高橋資金工作】わが戦費を調達し、敵の資金源を絶った高橋是清の資金工作

5【陸軍軍事行動】迅速そして適確な軍事行動

6【特別任務班】満州作戦の舞台裏で活躍した特別任務班


これを見て思うのは、要となる要因が、ほとんど外交情報工作なのですね・・。


日露戦争といいますと日本海海戦や奉天会戦など派手な軍事作戦がクローズアップされますが、そこに至るまでに入念な事前工作が行われており、それなくしては軍事行動自体が不可能な状態でした。


日本の過去の外交能力は、もの凄かったのです。。


明日以降、どのような凄まじい工作が行われていたのか簡単に紹介したいと思います。


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ラベル:日露戦争
posted by K_美樹 at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の外交力の今昔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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