2013年10月03日

拷問された日本人漁師

かなり前から、ネット上に、「竹島近辺で拿捕され拷問された日本人漁師の画像」、というものが出回っています。


下の画像になります。。


ショッキングな画像ですので小さめにしておきます
ryousi.jpg



恥ずかしながら、私は、「この画像が何なのか?」、「出所はどこなのか?」、知りませんでした・・。


ここ数日、韓国の海洋事情について調べる機会があり、ちょうどいい機会でしたので、この画像が何なのか調べてみました。


もし間違いがあると大変ですので・・。
誤った情報は、保守活動家が行なう活動の正当性を根底から崩壊させてしまいます。


        *        *        *


上記の画像は、2007年3月1日頃、国民日報のニュースサイトにおいて報道された、「日本の侵奪に対立した独島義勇守備隊の復元映像を初公開」というニュースが出所です。


国民日報は、売上部数第7位の韓国の新聞社です。
1988年創刊とのことですので、それなりに歴史のある新聞社です。


残念ながら、元ソースはすでに削除されており、キャッシュや魚拓も発見できませんでした。
ただ、日本語訳の全文がキャッシュとして現存していますので、このブログにも記録しておきます。
遠からず、すべて消えると思われますので・・。


(画像)
www.kukinews.com/online_image/2007/0228/070228sdd.jpg

1950年代、日本の領土侵奪から独島を守り抜いた独島義勇守備隊と、当時の独島の風景が収められた記録映画が復元され、3.1節88周年を迎えてKUKIニュースを通じて初め公開された。

28日、韓国映像資料院は『独島と平和ライン(Kodachrome/16o/No Sound Track)』の復元作業を終え、映像を公開した。

(動画)
www.tagstory.com/video/video_post.aspx?media_id=V000028722

この映画には、独島義勇守備隊が独島を守っていた1955年に製作されと推定され、独島義勇守備隊と大韓民国海警の生活の場面、独島の天然洞窟や独島の海岸の絶壁など、当時の独島の全容が収められtいる。

この記録映画は、当時の海警チルチョン号の故ハン・チャンリョル艦長の息子であるハン・ヨンジュンさん(45歳・教師)が、2005年の3月に『独島に係わる映画を作る』という内容の本紙の記事を見て、病床の父親が所蔵していたフィルムを本紙に送って来た。

当時、ハンさんは、「父が済州海峡でラインを越えて来た日本漁船を捕える途中、独島守備隊が10日くらい補給が途絶えて餓死状態だという海警の連絡を受けた」とし、「この言葉を聞いてすぐに独島に行った際に、名前が分からない写真作家が同乗してこの記録映画を残す事になった」と紹介した。

映像資料院は、フィルムが非常に古くてそのまま放置した場合、今後の上映が不可能になるかも知れないという判断の基で復元を決定し、1年余り掛けた作業により復元されたフィルムが初公開された。

3分10秒程度のこのフィルムは、原本の編集過程で音声編集をする為の前段階として作られた、複製であると推測されている。

原本のフィルムには音声も収められていると思われるが、寄贈されたフィルムには映像情報のみが入っていると映像資料院側は説明している。

ハンさんは、「海警に勤務していた父は、マッカーサーラインを越えて来た日本の漁船を余りにも多く捕え、当時の日本の雑誌である『文芸春秋』で、三度も父を海賊として描いた」とし、「独島守備隊と韓国海警が、血の汗を流して守り抜いた独島を、日本に絶対に奪われてはならない」と強調した。

ハンさんはまた、「父が歌曲『待つ心』の、「日出峰(イルチュンボン)に日が登ったら私を呼んでください♪」という歌詞で、日出峰を『独島嶺(ドクトリョン)』に替えて一人で叫んだりしていた」と回想した。

独島義勇守備隊は鬱陵島(ウルルンド)に住む民間人と、6.25参戦軍人など33人で構成された民間組職で、朝鮮戦争の混乱に便乗した日本人の独島への侵奪が頻繁だった1953年の4月20日から、1956年の12月30日まで独島の実効的支配の為に犠牲と愛国精神を発揮し、漁民の保護と独島守護任務を遂行したと伝えられる。

だが独島義勇守備隊同志会の関係者は、「活動人員や時期が間違って伝えられている部分が多い」とし、「人員と活動期間に対する再検証が必要だ」と語った。

ソース:国民日報KUKIニュース(韓国語)
www.kukinews.com/news/article/view.asp?page=1&gCode=soc&arcid=0920464652



まだ画像・動画は削除されておらず、見ることができます。
(負傷した漁師の場面は 2分53秒です)


なぜ民間人を拿捕して、あのような酷い状態になるのか判りませんが、とりあえず、日本人漁師を拿捕していた「独島義勇守備隊と大韓民国海警の生活の場面」のフィルムに出て来ますので日本人の漁民ということになります。


それにしても酷い・・・。


火傷をおった漁師は、ネット上では「島根県第三興洋丸の乗組員」と、よく紹介されています。
なぜ、そう言えるのかわかりませんでしたが、フィルムに船体が映る場面があるのですね・・・納得しました。


島根県第三興洋丸の乗組員の映像1.jpg



島根県第三興洋丸の乗組員の映像2.jpg



「第三興洋丸」と確認できます。


日本語らしき文書(押収物?)を確認している様子も見てとれます。
何が書かれているのかわかりませんが、画像解析の専門家なら分析できるのかもしれません。。


島根県第三興洋丸の乗組員の映像3.jpg



        *        *        *


しかし、民間人が、なぜあのような状態にならなければならないのか・・・痛々しいです。


画像の出所と経緯はわかりました。
なんの根拠もない画像ではありません。。


日本の報道によりますと、
「拿捕された日本の漁船は328隻、抑留された船員は3929人、死傷者は44人」
とのことです。
http://www.news-postseven.com/archives/20101022_4077.html


死傷された44人の方のうちの1人なのでしょう。
何とも、ひどいことです・・・。


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posted by K_美樹 at 21:01| Comment(1) | TrackBack(0) | 竹島不法占拠 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
見るも痛々しく、漁師さんが気の毒です。
ただしこの漁師さんは、島根県の人ではありません。また「第三興洋丸」の乗組員であるかどうかも判明していません。

はっきりしていることは、昭和30年(1955年)8月8日に、済州島の西方40qの地点で拿捕された四隻の長崎県のサバ跳ね釣り漁船の乗組員約173名のうちのどなたかであるということです。

詳細は、下記ブログの研究記事を参照下さい。
blogs.yahoo.co.jp/chaamiey/57859687.html
Posted by at 2018年03月28日 15:36
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